新美南吉記念館企画展「南吉が歩いた奥三河」に行ってきました

南吉が歩いた奥三河

 

新美南吉記念館の企画展「南吉が歩いた奥三河」に行ってきました。

 

「南吉の歩いた奥三河」 南吉原稿

山の中

 

 

新美南吉と私小説


小説『山の中』(未完)は、新美南吉の実際の境遇を反映していて、奥三河(設楽)への旅を通じた私小説のかたちで書かれており、抜粋された手書きの原稿とそれに対応した文字起こし原稿が公開されていました。

一連の展示の中でこの作品に一番興味を引かれました。

新美南吉の私小説であることと、それが未完であったこと。
私小説を書こうとしては頓挫し、なかなか満足いくものを書き上げられなかったこと。
そして現地の体験にもとづく細やかな旅先の描写から、真摯で真面目な人柄が感じられたこと。

母との死別やその後の環境への違和感、虚弱な我が身の悲しみ、という資質は確かに私小説的ではあるけれど、例えば太宰治らなどのように破滅型の私小説を書くには自堕落さや無謀さが足りず誠実すぎるという印象で、そこにも人間としての新美南吉の苦悩が感じられる、魅力的な展示でした。

 

「プラスの人間の間にゐるマイナスの人間のところへは、冗らぬ感想の粕がたまるのである。」

 

小説内に、人間を「プラスの人間」「マイナスの人間」に分類してみている、といった内容があって、特にこの一節は気に入りました。
身体能力で甲・乙・丙で分けられる徴兵検査などの話だけではなく、いわゆる「体育会系」的な、心身ともに健やかな人たちの中にいてコンプレックスを抱えたり、あるいは文学などの言葉に耽溺した人たちに共有する気分をうまく言い表していると思いました。

 

「南吉の歩いた奥三河」 はんの木とランプ

 

戦前の日本文学では私小説ブームがあったこともあり、当時は”文学を志すからには私小説を書かねばならぬ”、あるいは、”書いて文学的な評価も手にしたい” といった功名心のような気持ちがあったのだと推察されて、表現者としての苦悩などにも思いを馳せました。

手紙や小説などで時々浮かび上がる南吉の内面は、みずみずしい感性や若々しい野心を持っていたことが感じられ、また夭折したこともあって、優れて青年的な作家でもあったと感じました。

 

dsc09013

 

奥三河との関わりが前面に出た展示タイトルですが、私小説を志したことも垣間見られて、個人的にはそちらの方が見所でした。
新美南吉は「ごんぎつね」や「手袋を買いに」などの童話や児童文学の評価が圧倒的に高い作家ですが、それ以外の表現を模索する南吉の姿が見られて、とてもよかったです。

鳳来寺山などで詠まれた南吉の俳句や、廃線となった鉄道、旧田口線ゆかりの品の展示もあり、こちらは、鉄道ファンの方はお好きかもしれません。

展示期間は来年の1月9日までありますので、ぜひ足をお運びください。

※企画展は撮影禁止です。掲載の写真は新美南吉記念館の許可を得て撮影しています。

 

取材・撮影:吉田雅彦

 

新美南吉記念館

dsc09005 地図

「ごんの贈り物」の前に、きつねが!?と思って近づいたら、かわいい犬でした。

 

【企画展「南吉が歩いた奥三河」】

期間:2016年10月29日(土)~2017年1月9日(月・祝)

ミュージアムトーク(学芸員による解説):
11月27日(日)、12月10日(土)・24日(土)、1月4日(水) 11時~(30分程度)
http://www.nankichi.gr.jp/gyouji_Folder/gyouji00.htm#okumikawa